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「墓」と「納骨堂」について考える

前に住んでいた三重県の山あいの地区には、家から見える小高い山の上に昔からの村のお墓が有りました。
お墓山と呼ばれていて、川の近くの木立のしげるなか、細いまるで蛇のように一本道の坂がお墓までとぐろを巻いるようでした。
坂は長年の風雨にさらされ土が滑って登っていくのがとても大変です。
小さな山の下の方は大きな木の根があちこちに広がり飛び出していて、何か別の生き物が墓を取り巻いて生きているようで幻想的なようで怖い感じもしていました。
山の上には江戸時代よりもっとずっと前からの古いものもあり、何十年か前まではお葬式が行われると、この場所で村の男の人たちが遺体を自分たちで火葬にしていたのだそうです。
今でもこの地区にはその時の名残で、お葬式があると組みの人が全員集まって、女の人が料理をつくり、男の人たちは、今はお葬式のことはしないので、お酒を飲んで料理を食べるだけです。
遺体処理を労うために始まったしきたりなのですが、なかなか止める事は難しいようです。
村もずいぶん前から過疎化が進み人でも無くなって、その内にはできる人がいなくなり、そんな風習も消えて行くのでしょうか。
何年か前に初めて葬儀屋さんにお葬式を依頼した家が有りましたが、葬儀屋さんの貸し会館で済ませようとしたのですが村人の猛反対に会い結局家でのお葬式になったことも有りました。
物事を変えようとすると、前にそれをした人が「うちの時はこうしたんだから、貴方のところもそれに倣ってちゃんとやってよね」と文句が出てくるんですよね。
本当にお付き合いは難しいんですね。


三重県の市営の墓場は、大変交通の便が良く助かります。
隣に火葬場があり、なんとそこでお葬式まで出来るのです。
なんと合理的ではありませんか。
場所も、街中から遠くなく車ですぐお墓の脇まで行かれます、各宗教が固まっていてとても気に入っています。
ペットの葬儀も火葬場にペット用祭壇が用意されていて優しさが感じられます。
ペットの合同碑には思い思いのペット顔を書いた石が積まれていました。
あそこに葬られた子達はきっと皆んな寂しくなく幸せでしょうね。
今いる愛知県では人口が多いからでしょうが、お墓が遠くて遠くて年をとって来たらとてもたどり着けません。
車で行っても遠いんです。
そこで、バスや地下鉄でも行ける「納骨堂」を調べてみました。
「納骨堂」は例えば夫婦二人で入るとすると、後に入った人から三十三年立つと、その場から合同碑の方に移されてしまうんですね。
ずっと安心して眠っているわけにはいかないんです。
では、最初から合同供養の方が料金も安くて良いのではと思いましたが、最初から合同供養の人と「納骨堂」から来た人とでは入るところが違うんだそうです。
最初から合同供養をお望みの方は、瀬戸の定光寺が五万円で毎日お経が聞こえる場所です、日本で唯一お釈迦様のお骨が祀られている日泰寺、ここは仏舎利のお祭りしてあるすぐ後ろに合同碑があり、お参りは門の外からですが、中に供養されている人は毎日お釈迦様のに捧げられるお経を一緒に聞くことができます。
ここは六万円ぐらいで供養していただけます。
宗派を超えたお寺ですしなかなかの穴場ではないかと思います。