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新しく建立した墓への分骨について

春のお彼岸がやってきて、さっそく墓参りに行くことになった。
父親が亡くなってからすでに半世紀もたっているので、近頃では自分よりも若くして亡くなった、父親のことを思い出すたびに複雑な心境になってくる。
父親は夏になくなっていた。
生前は特に盆栽などもやってはいなかった。
いま思い出されるのは、趣味として俳句をやっていたのを思い出すだけで、それもいまになってみれば、父の俳句の号といわれるものと、俳句をやっていた当時の季刊雑誌にその名が載っているくらいのもので、あとはもうこれといって残っているものもないようである。
わが家のお墓は、私が街からこちらの田舎に、引っ越してきて家を立てた後で建立したものだ。
それは、家を新築して間もなく母が亡くなった。
私の家族は以前は県外に住んでいて、この街に引越ししてきた者だった。
当時は昔のことで、その当時父を病気で亡くしていて貧困の生活状態だった。
そうやっていた生活もどうにも行かなくなって、母の親が呼び寄せる形でこの街にやってきた。
当時を思い出すのは辛いことだが、その当時は亡くなった父親の遺骨は、実家のお寺さんに預ける形になっていた。
私は当時は学生だったので、そのあたりのことはよく分からない。
それがいつの間にか実家のお墓に入ることになった。
そうして、大分時が経過していった。
分骨の話しが出てきたのは、私がいま住んでいる田舎町に新しい土地を確保してそこに家を建てて、住んでからに三年した時に、母が突然亡くなった時で、わが家にはお骨を納めるものが、まだ建っていないことに気がついていた。


この際に新しいお墓を建立して、そこに母の遺骨を納めることにした。
そして、まだ実家のお墓の中に収められている父親の遺骨を引き上げて、こちらに引き上げたいと、親戚に相談したところ快く承諾してくれて、お寺さんとの話し合いにも加わってもらって、無事に分骨していただくことができた。
分骨した時に私もそばにいて一部始終をみていたが、お墓の中に長い年月お骨を入れておくと、その土地の酸性度などの影響によって、往々にしてカルシウムの骨は溶けてしまって、はっきりとした形を成さなくなってくる。
父親の分骨の時も、お寺の住職さんが言われたように、最近亡くなった方がおられないで、中にあるお骨はかき混ぜたりしないで、すぐ目の前にある骨を骨壷に納めていた。
ご住職は「お骨は誰の物か分からないが、気持ちを込めて拾い上げて下さい」と言っていた。
私も父親となっていつかは人生を閉じることになるが、亡くなった時には家族が揃っているところに入りたいと思っている。
そして、可能であれば京都の東本願寺さんに私の遺骨の一部を分骨してもらえれば、それに越したことはないと思っている。
どうしてそうするのかは、今のところ何とも返事のしようがないが、あの世とやらで別なかたちで生まれ変われるのであれば、すこしでも可能性を捨てないで、懸けてみるのも一興があって面白いのではないのかなとも思ったりもしている。
これからどれだけ長生きしていかれるかは分からないが、墓参りだけは欠かさないでやっていきたい。
もし分骨を計画していれば、普段から親戚などと疎遠にならないようにする心配りも大切になってきます。
http://bomexnl.com/ohau.htmlにはお墓を移動したいと思っている方向けのサイトがありました。
遠方にお墓がありなかなかお参りに行けない方、あるいは何か事情があって移動する方、いろいろ事情があると思いますが、こちらをご覧になれば何か役立つと思います。
また、http://www.knightowlz.org/do.htmlではお墓の管理についてなどあまり詳しくない方でもわかるい墓についてのよくある疑問について回答されているサイトがあります。
なかなか人に聞けないお墓事情だからこそこちらをご覧になっていただきたいものです。